トヨタの企業理念と事業活動から学ぶこと

 私はこれまで、経営者として昭和の松下幸之助氏、平成の稲盛和夫氏を尊敬していた。彼らが世を去ってからの令和では、豊田章男氏の動向に注目している。章男氏は豊田家直系として尊重される一方、自分を厳しく磨き、時代の流れをしっかり把握して、国内外で強力なリーダーシップを発揮している。
 今年(2023年)の1月26日、トヨタ自動車は豊田章男氏(67歳)が社長を退任し4月1日付で会長に就任すると発表した。章男氏は会見で「正解が分からない時代は自ら現場に立ち続けることが必要である。それには体力、気力、情熱が欠かせない、そしてトップの資質として真っ先に若さを挙げる。自分は古い人間になったから、トヨタにとっても変革が迫られている」と述べた。そして後任に、自身が社長に就任した時と同年齢(53歳)の佐藤恒治氏を任命した。
 章男氏は一族の先達者達から貴重なことを学んだ。創業者の豊田佐吉氏は「障子を開けてみよ、外は広いぞ」と海外に目を向け活動するよう勧めた。トヨタ自動車創始者で祖父の喜一郎氏は「クルマをつくるのは社長1人ではできず多くの専門職員達との共同作業による。その職員達を家族同様に大切にすることを忘れてはいけない」と忠告した。そして父の章一郎氏は「苦心してもモノができ上がった時、誰かが使って喜んだり、助かったりした時、この上ない喜びと感動に包まれる。だからもっと勉強し、働いてもっと良いモノをつくろうと思う」と強調した。こうした言葉に章男氏は感動し「トヨタのものづくりと人づくりを継承していく」と誓った。
 トヨタは生産現場などで徹底的に観察し、改善を重ね、品質や効率の向上につなげてきた。章一郎氏はその「カイゼン」と呼ばれるトヨタの方針を貫いてきた。章男氏は章一郎氏が育んだ現場主義を含むトヨタの思想を重んじた。2020年には創業以来受け継がれてきた思想を明確化した「トヨタフィロソフィー」をまとめた。私はこの頃からトヨタの企業理念や事業活動に興味をもち、新聞・雑誌および書籍などから情報や知識を収得するように努めた。今年の3月31日発行の医療情報誌「オペラタイムズ」には、5月にオープンのトヨタ記念病院が取り上げられ、トヨタの「カイゼン」が医療の質や病院経営にどのように活かされているかの具体的な取り組みや、今後のビジョンについて紹介された。その内容を挙げる。

  1. トヨタには職場での業務を通じて人材を育成するという基本方針がある。それを新病院の医療に当てはめる。
  2. トヨタでは何かが起こった際に、何が問題だったか、なぜ起こったのかを掘り下げ、真因を探り、対策をとり、それを評価して改善につなげる。この問題解決法を実施する。
  3. トヨタ式「カイゼン」を浸透させる。トヨタ生産方式は「カイゼン」を核にして、「ジャストインタイム」と「自動化」の2本柱からなる。ジャストインタイムは必要な物を必要な時に必要な分だけ準備する。自動化は問題があれば一旦止まり、きちんと解決する仕組みをつくるという考え方である。
  4. DXを活用した働き方改革に取り組む。新病院ではタスクシフトの一環として人に代わって薬など運ぶ搬送ロボットを導入する。これにより生産性や付加価値を高める。

 最近、トヨタの企業理念と改善方針を理解するため2冊の本を読んだ。
 1冊目は「豊田章男」(東洋経済新報社)である。著者の片山修氏は章男氏を次のように評価した。章男氏は浮いているようでそうではない。歴史に学びながら、決して前例にとらわれない。行動的なようで深い思考をめぐらしている、熱血漢でありながら、どこかさめている。多面的で複雑な顔を有しながら思考はいたってシンプルである。
本書は第Ⅰ部人間と第Ⅱ部経営者からなる。第Ⅰ部は、第1章原質-いかに育ったか、第2章居場所-もう1つの顔、第3章ルーツ-なぜぶれないのか、第4章心象-イチローとの対話、である。
 第Ⅱ部は第5章門出-逆風に抗して、第6章試練-リコール事件に鍛えられる、第7章慢心-何を恐れているのか、第8章転換-何を改革したのか、第9章発想-上から目線を廃す、第10章未来-どこに向かうか、である。
 章男氏が会社の幹部時代は社会、時代から求められる好機をしっかりつかみ、果敢に挑戦し、組織に変化をもたらし発展させる。組織のトップ時代は会社だけでなく、世の中の人達の幸福を願って、その役割を果たすことなどが書かれている。彼の生き方や考え方が明示された、大変興味深く有意義な内容であり、緊張感をもって読んだ。
 2冊目は「トヨタ仕事の基本大全」(KADOKAWA)である。著者はトヨタ出身者で構成される株式会社OJTソリューションズのトレーナー達であり、元トヨタマンの証言やエピソードのエッセンスを抽出し、トヨタ以外のビジネスパーソンでも活用できるようにまとめた。
 本書は7章から構成される。各章のタイトルと要点を挙げる。

  • 第1章トヨタが大事にしている「仕事哲学」では、仕事に取り組む原理・原則の要を伝える。
  • 第2章トヨタの基本中の基本「5S」では、整理、整頓、清掃、清潔、躾の5つの言葉により、問題や異常がひと目でわかるようにし、改善を進めやすくする。
  • 第3章すべての仕事のベースとなるトヨタの「改善力」では、徹底的にムダを省き、生産効率を上げるために取り組む活動を書いている。
  • 第4章どんな環境でも勝ち続けるトヨタの「問題解決力」では、問題解決に必要な8つのステップを挙げる。それは①問題を明確にする、②現状を把握する、③目標を設定する、④真因を考え抜く、⑤対策計画を立てる、⑥対策を実施する、⑦効果を確認する、⑧成果を定着させる、を踏むことである。
  • 第5章一人でも部下をもったら発揮したいトヨタの「上司力」では、自律的に考え、動く部下を育てる。
  • 第6章生産性が倍になるトヨタの「コミュニケーション」では、組織のタテ、ヨコの良きチームワークが大切である。
  • 第7章すぐに成果の出るトヨタの「実行力」では、従業員の努力の結果が会社全体の成果になるよう定着させる。

トヨタの企業理念と事業活動が、具体的に分かりやすく書かれていた。

 今年6月に第70回日本麻酔科学会学術集会が行われた。そこで「手術室のKAIZENと麻酔のQuality improvement(QI)」と題したシンポジウムが行われた。シンポジストとしてトヨタ自動車グローバル生産推進センターの鈴木浩氏が参加、貴重で実践的な発言があり盛り上がった。彼が強調したことは①問題解決の作業が成功するには、組織のトップの適切な意識改革が最も大切である。②現場において作業が円満、円滑に実施できるような体制、雰囲気をつくる。③現場での問題解決にはトップダウンではなく職員達が自主的に、効果的に、対等な立場で話し合い、工夫することである。そして④最近、医療関係機関からトヨタ生産方式に関する講演、指導の依頼が増えている、と述べた。

なお当院でもトヨタ式「カイゼン」の活用を考えている。

 

 

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