病院事業管理者・病院局長の活動を振り返って思うこと
小樽市病院事業管理者・病院局長として12年間の活動を通して多くのことを学び、経験した。この活動には使命感、緊張感をもって取り組み、そしてトップリーダーの決断で行動した。市立病院の統合・新築は工事が円滑、円満に進行するように情報の公開、共有、活用そして関係者の話をよく聞いたうえで方針を決めた。経営改善対策は局長のリーダーシップ、職員の意識改革、市当局をはじめ各団体の支援が必要であった。広報活動は病院の情報提供、職員の教育、人材育成に役立った。
私はこの重要な仕事の目標達成が充分なされなかったこと特に院内コロナクラスター発生を招いたことを残念にかつ責任を感ずる。当病院事業は数々の複雑な事情を有する大仕事である。最近ある時代小説に「仕事というものは全部をやってはいけない。八分まででいい。八分までが困難である。あと二分は誰でも出来る。あと二分は人にやらせて完成の功を譲ってしまう。それでなければ大事業というものはできない」と書かれていた。それを読んで肩の荷が少し軽くなった。
目標達成のため大切なことは病院の建物が立派であること以上に組織機能が円滑、円満に活動する。そのためには病院事業管理者の強いリーダーシップと優秀で人間性豊かな医療スタッフを育成あるいは招聘することが必要である。当病院を視察したある病院長から「貴院の施設、医療機器はよく整備されているがそれ以上に病院で働く看護師達が明るく、生き生きと一生懸命に働いている姿に感心した」と嬉しい言葉を頂いた。
1.病院事業管理者として心掛けたこと
- 新病院統合・新築は管理者に託された重要かつ緊急な問題であることを覚悟して、強いリーダーシップを発揮する。
- 医師会をはじめ各方面の方々の要望、意見をよく聞き、それを客観的、冷静に判断して方針を決める。
- 活動形式は管理者のトップダウン方式を適宜行い、病院局を中心にして積極的、迅速かつ慎重に推し進める。
- この活動形式を円滑に推進するには、a.情報公開、b.事実の確認、c.言動に対する責任、d.信頼される態度、e.歩み寄る大人の対応、f.適切な引き際を考えることである。
2.病院の発展に必要な職員の意識改革
- 改革というのは制度や政治のやり方を変えるだけではない。何よりも大切なのは人間が自分を変えることである。
- 自分を変えるとき一番差し障りになるのはこれまでの古い考えや風習へのこだわりと自分の考えが正しいとの思い込みである。
- 改革の一番の難しさは古いことを壊すことでも新しいことを始めるのでもない。始めたことを如何に維持するかである。
- 誰かの幸福を実現するために生きることが改革である。
3.広報活動、特に病院誌の目的と活用
病院誌の各号の巻頭言で私の思考、方針、希望についてメッセージを伝えてきた。
メッセージは情熱と実行の叫びであり、広報は情報伝達と人間同士の連携であり、教育は人材育成と信頼関係の実践である。
4.最近の重要な出来事
- 桜の開花宣言:平成26年10月22日に敷地内の量徳小学校メモリアルガーデンで植樹式が挙行された。私の植えた桜の木は令和2年4月30日に5つのつぼみに花が咲き、開花宣言を行った。5年間待った桜の花が咲いたので大変喜ばしく、新たな力が沸いてきた。
- 5輪の医療の質誕生:就任当初の医療の質は診療の質、安全・サービスの質、経営の質の3つである。新病院になり、教育、人材育成の質を加える。さらに桜の開花記念に地域、医療、人間における連携体制の質を加えて、5輪(要素)の医療の質が誕生する。この5つの医療の質はこれからの病院経営にとって極めて重要になる。
- 小樽のコロナウイルス感染症の実態
①当院の基本方針:今回発生の新型コロナウイルス感染症の対策、対応について病院局長として医師会の要望書の内容、各病院の実情、そして当院の実情、特に職員の意識、マンパワー、施設の体制、機能、経営面、そして当院の立場、役割などを総合的に分析し検討した。その結果、当院は使命感と勇気を持って実行していくことが妥当であると決断した。この決断の趣旨を理事会および主要な会議において繰り返し説明した。
②当院の対策、対応の経緯:
a.3月には、各団体が新型コロナウイルス対策の組織を立ち上げた。設置された組織はa市の対策本部(本部長、迫市長)、b院内対策会議(議長、信野院長)、c市・病院局代表者会議(代表、迫市長、並木局長)、d協議会(会長、阿久津医師会長)などであった。
b.6月には、23日に昼間のカラオケ関連クラスター発生、7月17日に収束した。対策として市の対策本部内に感染症対策班(班長、貞本保健所長)を設置した。 - 小樽市立病院コロナクラスター発生の実情
①8月には、19日に市立病院でクラスター発生、10月2日に収束した。
②緊急対応として:a.クラスター発生の報道、b.現地対策本部設置、c.全職員のPCR検査、d.診療体制見直し、e.感染防止対策推進、f.収束対応と終息宣言などを実施した。
③感染患者の状況:検査は最初の感染者との接触が疑われる職員(71名)、患者(34名)等を中心に105名にPCRを実施。PCR検査陽性は職員6名と患者10名の16名、それに最初の本人を加えた17名を確認した。
④小樽市立病院新型コロナウイルス感染症現地対策本部の設置:本部長に信野院長、副本部長に金内感染防止対策室長と田中保健所医療担当部長を任命した。構成員は病院、保健所、小樽市の職員達そして北海道の感染拡大防止担当、国のクラスター対策班から応援があった。
⑤全職員PCR検査結果:検査受診者は病院職員(741名)、非職員(279名)の総数1,020名で、陽性者が看護師6名であった。
⑥クラスター収束の終息宣言の趣旨:
a.今回のクラスター発生の対処は、小樽市立病院はもとより、市、保健所による現地対策本部を立ち上げ、北海道や国立感染症研究所、札幌医科大学の方々などの支援、指導を受けながら、新型コロナウイルス感染症集団発生の収束に向けて一丸となって実施した。
b.小樽市立病院での新型コロナウイルス感染症の発生は、9月17日に陽性者を確認したのを最後に14日間新たな陽性者は確認されていない。このような状況から、感染拡大の封じ込めができたものと判断し、10月2日をもって、集団感染の「収束」を宣言した。
c.小樽市立病院は、今後も感染症指定医療機関として、新型コロナウイルス感染症患者の受入れと治療に取り組むとともに、後志地域の基幹病院として高度医療を提供し、地域住民の皆様の信頼と付託に応えるよう努める。 - 今回の院内コロナクラスター対応の要約
①職員達にはこの初めての重大な事態に遭遇し、戸惑いと不安、恐れの雰囲気がみられたので、前向きで協力し合う対応が行えるように配慮する。
②日常業務を的確に客観的に見直し、情報伝達を浸透させ、現場でしっかり検証して、成果を確認する。
③当病院の地域医療における立場、役割について病院職員だけでなく、地域の医師会員、住民に理解されるよう努める。
④多くの団体、個人からの連携、支援、協力は極めて大切であり、そのために普段から各方面との良好な人間関係、人脈の形成に努める。
⑤今回の貴重な経験を総括し、今後の感染予防対策に活かすこと、および他の施設にも役立つように公表する。
5.小樽市立病院の将来に求められるもの
市立病院がこれからの時代を生き延びていくためにはその変化を的確に捉えて適切に対応していく体制を整える。そして当病院およびそこで働く職員達の立場、役割が時代に順応するように導くことが病院事業管理者・病院局長の責務であり、使命である。
最近私は自分の引き際を考える。そこで私の後継者には管理者の思考、方針を伝える局長メッセージを発信すること、病院の重要な人事、人材育成を公正、適切に行うこと、そして広報・教育活動の一環として病院誌発刊に責任をもって携わることの継続を願望する。
新型コロナウイルス感染禍後の医療界は確実に新しい時代を迎える。そこで事業を成し遂げるには先見性、スピード感、実行力のある有能な人材が必要となる。従ってこれからの当病院では新しい体制下で若い世代の人達が大いに活動、活躍していくことが切望される。