新教授就任者への激励と助言

 私は1987年に札幌医科大学麻酔科の教授に就任し22年間在職、定年後に名誉教授および小樽市病院局長に就任し、現在に至る。この間に私から直接教育・指導を受け、現在も親密な師弟関係にある12名の者が教授に就任した。彼らの共通点は優れた才能、人から好かれ信頼される人間性、そして運や縁に恵まれていることだった。私は彼らが巡り合った運命的機会を達成する、そして管理者、教授として自覚を持って行動できるように種々の手段を用いて適切な激励と助言を贈ることを心掛けた。その最近の実例を述べる。

  1. 教授就任祝賀会で挨拶の言葉を贈る
     あなたにとって大切な心構えはこの教授就任のチャンスをありがたく、喜んで引き受けて、その職務を立派に果たしていくために果敢にチャレンジして、自分の周りの人たちの意識と働く環境を良くするようチェンジすることに最大限力を尽す。それを実現するには4つの条件が満たされることです。まず1つ目は人から認められるには努力する、すなわち一番よく働く。2つ目は円滑、円満な人間関係を築くには人から好かれる、すなわち謙虚である。3つ目は人から信頼されるには周囲の人達に感謝する。そして4つ目は人の役に立ち、喜ばれるには周囲の人達に貢献する、ことが大切です。
     さて、あなたはこれから多くの人達、書物、出来事などに出会って貴重な経験を積んでいくことになります。その過程で人間社会のいろいろな組織にはお互いに共通する考えや風習があり、そこから多くのことを学べます。
    私は医学・医療界と大相撲界における共通点に強い興味を持っています。新弟子から将来番付を上げていくためには、相撲界のしきたりに辛抱強く耐える、強くなるため懸命に努力する、昇進するため根気強く行動する、この3つの要件を全て実行することです。
    相撲界にはいろいろな格言があります。1つ目は「負けて覚える相撲かな」です。負けてもへこたれずに稽古に励むうちに、相撲勘と体力が身に付き強くなります。負けるとは失敗することです。教授に成りたての頃はよく失敗しますが、それを冷静に客観的に反省することで失敗から多くを学び、実力、実績が付きます。2つ目は「3年先の稽古をする」です。これは今している厳しく、辛い稽古の3年間の積み重ねにより相撲の奥を知り、力士としての実力が付くことです。一般社会においても「石の上にも三年」という格言があります。これは人間社会において自分が他人を正しく理解するには、一方他人から自分が適切に理解されるには3年掛かることです。あなたがこれから教室運営を行うには、少なくとも3年間は焦らず、慌てず、熱くならず、諦めずに良き人間関係を築いて仕事をすることが大切です。3つ目は横綱は弱くなり勝てなければ引退することになる。そのような厳しい立場、役割にあることを覚悟して、責任を果たすことが求められます。教授は横綱と同様な立場、役割にあることを自覚して行動する。特に公的な立場で行動することが多くなり、しかも厳しく評価されるので、私的なことで周囲、社会から批判されないように心掛けることが大切です。教授職は厳しく、辛く、孤独な仕事であるがそれだけ光栄でやりがいと達成感を味わえる魅力的な仕事です。この教授の仕事を十分に味わってみる意欲と勇気をもって行動することです。
  2. 文書の額を贈る
     彼には「人生に大事な心得」について次のような明快な文章の額を贈った。
    一.明るく、素直に、前向きに行動する
    一.出会った機会を大切に、果敢に挑戦し、自分の成長に変化させる
    一.人々に謙虚に、感謝し、貢献する
  3. 手紙、メールで伝言を贈る 
    通信:あなたは教室を主宰する新教授に就任し、その立場、役割を果たす責任と義務の重大さに戸惑うことが推察される。その場合自分一人で悩まず周囲の人に遠慮なく相談し、落ち着いて客観的に対応することが大切です。
    さて、新任教授として最初にしなければならない大切な仕事は、教室・同門会、関係病院、大学、そして学会の関係者の方々に、あなたの覚悟、意志、希望を込めた就任挨拶状を送り、あなたの存在を明確に示すことです。
    返信:就任時より新型コロナウィルス対策にかかりっきりで、就任挨拶状を失念しておりました。ただ、この慌しい状況下ですが、大学はもちろん関連施設の教室員や院長ともかなり密接に連携を取っています。こちらに来てから気がつけば4か月過ぎようとしています。恐らく人生で一番濃厚な時間を過ごしました。相変わらず空回りしていますが、少しずつ自分が行わなければならないことが分かってきています。そして、私自身がこの土地と仲間に愛着を感じ始めています。この気持ちがあれば何とかやっていけると考えています。
     先生にいただいた額の文章を読み返しながら、自分を律しております。
     この文面を見て、彼が自分の立場、役割をわきまえながら、自分に求められることに一生懸命取り組んでいると、一安心した。
    私の部屋には教授就任時に贈られた「大将の戒め」の額が掲げてある。これは徳川家康が組織の管理者として32年間にわたり経験した貴重な教訓を文書化したものである。私は33年間の管理者の経験から、この教訓に込められた家康公の気持ち、考えがよく分かる気がする。特に注目する個所は、大将というものは絶えず勉強せねばならぬし、礼儀をわきまえねばならぬ、自分一人では何もできぬ、よい家来を持つには家来には惚れさせねばならぬものよ、という文章である。この教訓は組織の管理者の座右の銘として大いに役立つものである。

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