神経ブロックのプロの技とコツ

 痛み患者を扱うペインクリニック診療では主として神経ブロックを用いて診断と治療が行なわれる。
 私は、ペインクリニック診療において真のプロと言えるペインクリニシャンの養成が必要であると強く感じてきた。
そこで日本ペインクリニック学会の会長、役員として専門医制度の確立と育成に力を注ぎ、また、専門誌「ペインクリニック」 の編集委員として、長きに亘りペインクリニックの診療、神経ブロックの適切な手技について特集、別冊を組んで、繰り返し教育、啓発活動を行ってきた。
 この度特集として「ペインクリニック専門医が伝える神経ブロックのプロの技」のタイトルで企画し、それを「ペインクリニックにおける神経ブロック療法の要領」と、「末梢神経ブロックを正確、円滑、安全に行う技とコツ」の2つのサブタイトルにして2号に渡り掲載した。
ペインクリニックにおいて神経ブロックのプロの技とコツを発揮するには、まず、自分の働く職場と協力し、学び合う同業者の実情、および、そこでの基本的および共通する知識、原則をよく知ることである。そして、プロとしての心、技、体を養う、すなわち心構え(自覚、評価、課題対応)、知識(意義、適応、特徴)、技術(正確、円滑、安全に行う技とコツ)、体力(体調、持久力、運動能力)を十分に修得することである。

 さて、神経ブロックの技とコツについて考えてみる。まず、神経ブロックは直接的な痛覚伝導路の遮断による鎮痛と痛みの悪循環の遮断による発痛機転の抑制により、即効性、確実で質の高い鎮痛効果を上げるだけでなく、疾病の治療にもなる。使用する局所麻酔薬の濃度により交感神経、知覚神経、運動神経をすべて、また、分離してもブロックできる。使用する量により範囲を決定できる。単回でも持続投与でもできる。神経ブロック治療だけでなく超音波ガイド下神経ブロックで高齢者や小児にも安全、確実な区域麻酔ができる。円滑なリハビリテーションを実施する補助手段として活用できる。このように、神経ブロックは多面的に適用できるだけに、専門的な知識,手技を磨くこと、治療環境を整えることが必要になる。安易、不誠実、不勉強な態度は患者の治療成績だけでなく、神経ブロックの適正な評価を低下させるので、厳に慎むべきである。プロはその道のスペシャリストとして、技術、技能を提供して高い評価の成果を上げなければ認められない。成果とは、相手、あるいは第三者に対して喜び、満足、安心、幸せを感じさせることである。そのため、プロは日頃から心技体を鍛え、そのバランスを整えながら技術、技能が十分に発揮できるよう真剣に取り組むことに心掛ける。このプロには職人と達人がいる。
職人は自分の仕事を職業として割り切っている人であり、自分の技能に絶対の自信と誇りを持っている。時に自分の立場、技術に固執するところがある。達人は長年の修練、努力、工夫の結果、その道において理想的な域にまで達したと捉えられる人であり、人間、医師、ペインクリニシャンとして信頼、尊敬される。自分の技術、技能を患者中心の治療に最大限活かす、他の治療法の特長を理解し、他の専門医、医療スタッフと連携、協動する柔軟性がある。この達人の域に達するペインクリニシャンを養成することが大事である。“技”とは人並以上の修練を経て得られる技術、技法のことをいう。ペインクリニックのプロとして神経ブロックの技を磨くには、絶えず謙虚に、誠実に、粘り強く、修練に励むことである。その一方で、修得した神経ブロックの技が医学医療の進歩、疾患の変化、患者の要望など時代の流れの中で適用しなくなることがある。これらを認識しておくことである。若手でペインクリニックの専門医を目差す者は、神経ブロックの意義、自分の求めていること、そして自分に求められることをしっかり自覚する。そして、適切な施設、指導者の下に正しい考え方、知識、技術、技法を五感を使って体で修得することである。我流で学んでも決して修得できないし成長しない。若い人で成長する共通の性格は明るく、素直で、前向きな姿勢と誠実で粘り強い態度を持っていることである。コツは、物事をうまくやる上で外してはならない大事な点である。うまくやるには個人の体得した特異的手技を適正、円滑に活かせる望ましい環境下にあることが必要である。すなわち、職場の上司、仲間だけでなく、他科の医師,看護師はじめ医療スタッフ、さらに患者、家族とのコミュニケーション、信頼関係をよく図り、保つことである。したがって、技は自分で実践し磨いて得られるが、コツは自分の周囲の人達との人間関係を自ら積極的に働きかけて得られるものである。職人技はプロの技であるが、達人技はプロの技とその技をうまく発揮させるコツをもつ。人は自分ひとりでは何もできなく、多くの人達の中で生かされている。その中で、自分の仕事の技とコツを患者や世間の人達のために最大限活用し、高い評価を受けてさらに励み、成長するのが真のプロの道である。

 近年はペインクリニック診療の多面性に注目が集まっている。これまで神経ブロックを中心に行われてきたペインクリニックであるが、神経ブロックの高い有用性・有効性に加え、様々なインターベンショナル治療、薬物治療、光線療法そして精神社会面にも焦点を当てた集学的な診療も行われてきている。そのことをよく念頭においてプロのペインクリニシャンとしての見識、知識、技術、技能を磨くことが求められる。

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