百見は一験に如かず

私は若い人達によく言う言葉がある。「聞くは一時の恥、聞かずは一生の恥」である。特に若い時には素直に聞く方が却って信頼される。「百聞は一見に如かず」である。いろいろ情報を集めて考えるより、すぐ現場に行った方が事実を知り、適切に対応できる。最近強調するのは「百見は一験に如かず」である。多くのことを見聞するより自分が体験することで物事の本質、真実を知り、自分の考えや行動に確信と信頼を持てるという意味である。

 私は今年の1月31日に冠動脈バイパス手術を受けた。その日は私の誕生日であり、その手術は自分のこれからの人生を考えるうえで記念すべき誕生プレゼントとなった。

 私はその手術を札幌医大病院で受ける決断をした。理由は以下のことを総合的に考えたからである。

  1. 主治医の救急部、第二内科兼任の長谷講師が昨年の暮れからいつ手術適応になってもおかしくない状態にあるので、その覚悟をしておいてほしいこと、バイパス手術により元の状態に回復し、仕事が従来通りできるようになると言われていた。
  2. 第二内科の三浦教授から私の血管造影所見を実際に見せながら左冠動脈基幹部に90%狭窄があり、早急に手術を必要とすること、そのような状態の場合には第二外科の樋上教授との話し合いで手術の方針を決めている旨の説明を受けた。
  3. 樋上教授からいつ心停止で運ばれてもおかしくないくらい危険な状態である。幸運にも4日後の手術がキャンセルになったのでその日に行いたいと言われた。
  4. 執刀医の樋上教授は心臓手術手技が優れている。
  5. 第二内科と第二外科は合同カンファランスで手術症例の検討と治療方針を決めるなど連携がよくとれている。両診療科の若手医師達の生き生きとした診療態度は彼ら自身が成長していくための知識、技術、教育をよく受けていることを示す。
  6. 麻酔科、集中治療部は山蔭教授はじめ私の出身の教室員であり安心できる。
  7. 小樽市の本議会開催まで一ヵ月あり、その出席に間に合う。ことなどである。

 

 今回の手術時間は3時間45分であった。術後経過は順調であり、術後3日以内にドレーンを抜去、術後15日退院、24日職場復帰、術後54日には丘の上にある旭山公園に行くことができた。

今回の手術を受けたことは私にとって貴重な体験になり、いろいろなことを考え、学び、知り、確認することができた。

  1. 質の高い医療を立派に行うには各診療科および看護師などコメディカル部門とのチームワークが大切である。
  2. 麻酔科の本当の仕事は手術麻酔ではなく周術期管理である。
  3. 麻酔が上手であるかどうかは術後の経過でわかる。
  4. 術後の苦痛を和らげる術後痛管理サービスが必要である。
  5. 患者にとって医師、看護師含めコメディカルの人達との信頼関係が大切である。
  6. 家族の心の支え、協力が重要である。
  7. 新しい小樽市立病院は地域完結型医療を担う病院にする。このことを確認したのは私がこれまで数名の小樽市民から札幌市内の病院に家族を入院させたがその世話、見舞いに行くことが大きな負担になり困っていた。 地元の市立病院で治療を受けられると助かるとの話を聞いた。そして今回の私の入院で家内が年老いた父親の介護に加え私の世話で大変であったが、両者とも地元の札幌にいることがそれを可能にしたことを体験したからである。
  8. これからは仕事のやり方を工夫しながら仕事の質を落とさずに自分に与えられた仕事、役割をしっかり果たしていく。
  9. 日常生活には気遣うように心掛ける。特にできるだけ歩き、体を動かす、腹八分目、酒は付き合いで適度に飲むことを目指す。
  10. 同じ体験をした者同志はお互いに理解、共感し合える。天皇陛下は私より18日後に私と同じ術式の冠動脈バイパス手術を受けられた。私より10歳年上の陛下がご公務を果す一念で手術をご決断されたことに敬意を表する。陛下は手術前には朝の散歩を控えるようになった。私は冬の朝、通勤で歩くと胸苦が出現し特に坂道、階段を登れなくなり、ニトログリセリン噴霧の頻度が多くなった。しかしバイパス手術を受けた直後から術前の症状は消失し、陛下も私も以前のように活動的になったのは喜ばしいことである。但し、足腰の筋力の回復はいま一歩で疲れが残る。陛下も熱心に術後リハビリをされている。

 

 「百見は一験に如かず」の言葉をより有意義なものにするには、経験したことを客観的に評価し、そこから得られる利点を活用し、さらに自分だけでなく第三者にとっても有益になるよう力を尽す。そのことでその経験が本当に役立つものになる。但し「個人的体験は歴史的事実に如かず」である。個人的体験の思い込みと押し付けは人からの信頼と尊敬を得られない。歴史的事実は厳しい時代の評価を受けて生き残ったものであり、だから人生について学べる。それをよく知ることが大切である。

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