人間関係は義理と人情の世界である

 最近この世の人間関係は「義理と人情」によって成り立っているとつくづく思う。この義理と人情の実情はその人の年齢、性、性格、家族など個人的要因、時代、職業、立場、役割、環境など社会的要因その他公私にわたる特殊な要因によって異なる。「義理と人情」と同じように使われる言葉として「建前と本音」「運と縁」「表と裏」「繋ぎと絆」「理性と感情」「意志と相性」「客観と主観」などがある。前の言葉は義理に、後の言葉は人情に相当する。それらの言葉を使って人間関係の機微を表現する。義理とは自身の利害にかかわりなく、人として行うべき道、特に交際上いやでも他人にしなければならないことである。建前、表向きであり、理性的、客観的な意志をもって冷静な行動をとる。この義理が強く求められる者は現職で責任のある立場、社会的役割の大きい、仕事上の付き合いの深い者達である。義理は社会的、道義的に規定、掟を守ることを求める。義理を欠くことは社会的責任を果たしていないとみなされ、肩身の狭い思いをする覚悟が必要である。一方人情は、人ならばだれでも持っているはずの人間性を感じさせる心の働きである。本音、本当の気持ちであり、主観的、感情的で熱しやすい行動をとる。人間関係の80%は人情的要素の影響を受けて行動する。人情は個人的なものであり、自分の良識や社会的通念によって自分で制御する。この人情による関係を求める者は私的、個人的に親しい、相性が良い、好き、信頼、尊敬の気持を有する者達である。そして人情による結び付き、集合、活動がみられる。また相手への共感が強まり、気持ちが投影される感情移入が生ずる。
 私はこの義理と人情を含め関連する言葉の意味に興味をもった。それは今年の3月に、私と親交のあるF教授の退任祝賀会で挨拶を依頼されたことにあった。F教授とは17年前の私が日本麻酔学会会長のころから面識があり、最初は義理的な付き合いであったが、会う機会が増えるにつれ親交が深まり、人情的付き合いになっていった。
 私は立場上多くの挨拶をする機会があった。その時依頼者に喜ばれ、会場の出席者に感心されるには、私がその人を個人的、人情的によく知っていること、出席者にも共感する情報をもっていることであった。今回のF教授への挨拶の一部を話し言葉のまま紹介する。
 「まず始めに私がF先生と親密な関係になった事情について述べてみることに致します。親しくなった理由はF先生と私は相性がよく合ったことと良い縁の巡り合せに恵まれたことであります。F先生は考え方、態度から筋の一本通った実直で信頼のできる人物であります。彼に鎧と兜を着せると勇ましい戦国武将の風格になります。その一方で彼の笑顔には何とも言えない愛嬌とやさしさがあります。そのギャップに人間的な魅力を感じます。またスルメの如くかめばかむほど味が出るように、彼との付き合いが深まれば深まるほど人間性のすばらしさに触れることができます。類は友を呼ぶと言われるように相性の合う人達は不思議と良い縁に恵まれて自然と結び付き集まりができるものです。
 さて、この縁について述べてみます。F先生の上司であった前教授のS先生はY大学麻酔科初代教授のT先生の一番弟子として、薫陶を受けました。T先生は以前に私共の札幌医大麻酔科の講師をされていたことがあり、私は同門の先輩、後輩のご縁で何かとお世話になりました。このT先生とO大学麻酔科初代教授のK先生とはお互いに心を許し合う親密な間柄でした。私はお二人が出席される会合の末席によく参加させて頂きました。そのご縁でお二人には本当によくかわいがって頂きました。特にK先生は私にとりまして父親的存在であり、尊敬をしていました。そのK先生の厳しい薫陶を受けた弟子がM先生、N先生であります。M先生は私にとって賢く、よく出来る弟分的存在として、N先生は人柄のよい、かわいい末の弟分的存在として共に相性が合うことから、学会、研究会等で一緒によく仕事をしました。
 M先生はF先生の大学の麻酔・集中治療医学教室へのてこ入れのために、N先生を教授として派遣されました。私はこのF先生とN先生はお互いに尊敬し合う、相性の合う、助け合うすばらしいコンビであり、二人は立派に教室を再興するものと確信していました。このようにF先生と私の相性をめぐる縁が1つに結び付いていた次第です」
 このように挨拶の内容はF先生との相性、縁、F先生を取り巻く人達と私との因縁、F先生の個人的な実像などについて、人情味を十分に考慮して表現されていたものと自負している。
 この義理と人情に関しては流行歌の歌詞にあるし、これをもとに新しい言葉も作れる。義理と人情のこの世界である。義理がすたればこの世は闇、人情すたればこの世は地獄である。人情からめばついほろり、人情味のある酒は美味しく酔える、義理がからめば堅苦しい、義理の酒は楽しくなく酔えない。そして義理で人をしばれば不幸にする、人情で人を引き付ければ幸せにするなどがある。この義理と人情の使い方を正しく理解して行動することが自分にとっても周囲の者にとっても大切である。

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