-時の流れに身を任せて-

 この度札幌医科大学野球部創部60周年を迎えたことは誠に喜ばしく、その歴史の重さに誇りを感ずる。60周年は人間の60歳の還暦に相当する。還暦はこれまでの人生を振り返って考え、新たな躍進を志すことに意味がある。OB会員(特に若手・中堅の先生方)、学生部員はそのことを自覚して、これから野球部の、そして医学・医療界の発展のために力を尽すことを期待する。
 私は今年70歳の古希を迎えた。古希は杜甫の詩の「人生七十古代稀なり」から引用された。
 孔子は「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」と言った。すなわち人生70年になるまで生きてきたことはめずらしく、これからは心のおもむくまま自由に生きても宣しいと言う意味になる。
 しかし現在では、私のように責任のある立場で仕事に携わっている者も多く、それらの人達の生き様について関心が持たれている。

 私はこの70年間、時の流れに身を任せて生きてきた。その考え方は故郷の日高門別富川にある沙流川での少年時代の泳ぎの体験から得た。当時の沙流川は水量が多く、勢いがあり、威厳のある川であった。その川の対岸に渡り切るコツは川の流れをよく読み、その勢いに身を任せて泳ぐことであった。この貴重な体験はその後の、私の人生の考え方に大きな影響を与えた。
 その人にとって時の流れは、時代背景、社会の状況、所属する組織の事情、個人の立場、役割により大きく変動し、生き物のように活動する。人は時の流れの中で身を任せながら、直面する人、物、環境から多くのことを体験し学ぶ。
 その成果は、その人が持っている生命力、運、縁によって個人差がみられる。明るく、素直で、前向きな人は生命力に溢れ、良縁、幸運に恵まれる。
 人および組織が発展し成長していくためには基本理念と活動方針が必要である。
 私の医学・医療界での基本理念は、学生時代に熱心に打ち込んだ野球部活動の体験から培われた。
 それは練習を一生懸命行うと結果が出る。結果が出ると評価され、信頼される。目標は、野球力が上達し試合に勝ち優勝することであった。そのためには、部活動でのチームワーク、試合でのチームプレーが必須であった。
 これが、医学生の部活動から医学・医療のプロの世界に入った事で、周囲から評価される行動、活躍を通して結果を出すことに専念する覚悟を持つことにつながった。
 評価されるには、仕事も生活も目標を明確にして行動しなければならず、地道に忍耐強く努力することになる。
 良い結果の場合には、謙虚さと感謝の気持ちを持ち、悪い結果の場合には、自己責任として反省し、再挑戦の態度を取るなど、周囲の人達との連携と共同作業を大切にすることであった。
 このプロの世界では「心」・「技」・「体」のバランスをよく考える必要がある。
 これは年代によって3要因の比重が異なるので、それを考慮してバランスを取る必要がある。
 20~30代の若手は、「体」の比重が大きく、とにかく物事を「体」を使って習得する時期である。どんな人からも教えを受け易い雰囲気と態度を取る。自己中心的になることを避け、少しでも相手から評価されるように努める。
 40~50代の中堅、上層部の者は、「技」すなわち脳力、技術力を発揮して成果を上げ自分の存在感を高めていく、いわゆる挑戦的、野心的な年代である。この時期を乗り越えて、上の立場に昇ることができる者は、自分の実力、実績に対して自信を持つが客観的で謙虚であり、自分に与えられた仕事や役割に対して素直に受け入れ、誠実に責任を持って成し遂げる。グループ内の人達から慕われ、信頼される。
 60~70代の定年を迎える老齢期の人達は、「技」、「体」の要素が減弱し、「心」の占める比重によってバランスを保つ時期である。この年代には知恵、経験、人脈が揃っており、気配り、見識力、調整力に優れ、仕事を円滑、円満に進行させる能力に秀でている。その一方で名誉欲、権力欲で行動する場合には組織、社会に迷惑をかけ晩節を汚すことになる。常に潔い引き際を考えることが大切である。このことを私は胆に銘じている。

 最近つくづく思うことがある。
 その1つは、自分一人では何も出来ないことである。最近の学問や技術の進歩と流行の変化の速さには驚かされる。
 若い人達の対応能力のすばらしさに感心する。その一方で私は、その変化に付いていくのに苦労することから謙虚な気持ちになる。
 その2は、私は幸いにも公私にわたり周囲の人達から優しい好意と温かい支援を受けている。このことに感謝の気持ちを持っている。その一方、私の今ある能力や存在感が、他の人や組織の、円滑で円満な関係を保つために活用されることがある。このように人生は持ちつ持たれつであり、お互いに生かされている。
 その3は、この世の中の全ての物事は、いろいろな要因を調整してバランスが保たれている。その場合種々の要因の均等化を図るのではなく、関与している要因を総合的に見て、それぞれの特徴を活かしてお互いに支え合うように調和を図ることが肝要である。
 これは個々人の立場、役割を尊重して、組織の目標達成のため一致協力して活動することである。すなわち、すばらしいチームワーク、チームプレーの実践である。
 私はその大切さを、現在、新市立病院の統合・新築作業を推進する小樽市病院事業管理者として実感している。このすばらしいチームワークを発揮して世界的業績を上げたのは、昨年80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎氏らの「チームMIURA登山隊」である。彼の著書の「『年寄り半日生活』のすすめ」の中に今回の成功の秘訣が記載されてあった。
それは、これまでのエベレスト登頂の経験からの反省と三浦氏の年齢、体調を考慮して、登頂は午前中の半日とし午後は登山以外の楽しみと休養に当てた。この余裕と楽しみによりチーム全員の心身両面に活力が出たこと、また環境への順応が得られたことに因る。私がこれからも時の流れに身を任せて残された人生を過ごすには、生活面では余裕、楽しみ、順応、そして仕事面では選択、集中、協調が必要であると考える。そして思い出に残る有意義な人生を振り返る場合、この記念誌のように記録に留めておいて時々見る、読むことが望ましいと思う。この記念誌発刊を皆で共に喜び合いたいものである。

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