論文発表における秘められた話を語る

はじめに

 このタイトルは9月6日に横浜で開催された第10回日本Awake Surgery研究会で特別講演した時に使用したものである。この意味は「ある問題について自分の意見や学説を文章に書き表わし(論文)、広く一般の人に知らせる(発表)活動において隠された大切なこと(秘められた話)を話す(語る)」である。

 

私の背景と発表趣旨

 私はこれまで医師(麻酔科医)、大学人(教授)、学会人(理事長)、そして病院事業管理者(局長)として活動、活躍し、それぞれの立場と役割を果してきた。その時最も重要視したのが論文発表である。その理由は個人および組織の仕事が周囲から客観的かつ適正に評価されることにより個人の成長および組織の発展につながり、そのことが医学・医療界だけでなく一般社会にも役立つからである。そのためには自分たちの仕事を論文掲載、著書出版すること、また他者の論文査読をしっかり行うことが必須である。

 私はこれまで医学・医療界で43年間にわたり関わった論文発表活動を通して得た多くのそして貴重な知識、経験そして思い出がある。

 

活動時期と発表論文・著書・査読の内訳

 私のこれまでの活動時期は3段階に分けられる。まず医師・麻酔科医になってから教授になるまでの18年間は自己修練・啓発に力を注いだ。次に教授、学会役員であった22年間は教室員や学会員の教育・指導に力を注いだ。そして名誉教授、病院局長としての4年間は医師、職員、一般市民の啓発・教育に力を注いできた。この43年間に私が論文発表に携った論文数は和文論文1,261編、英文論文286編、学位論文64編(英文47編、和文17編)、その他176編で合計1,823編であった。著書は40冊であり、その他の出版物として業績集・記念誌5冊、患者用パンフレット5冊(1冊は外国人用)であった。雑誌の編集・査読員は和文誌4社、英文誌2社で180編(和文168編、英文12編)の査読を行った。

 

論文作成の意義

  1. 論文を作成することは辛く、苦しいものであるが雑誌に掲載されたのを見た時に喜びと達成感を得る。第三者からその存在、価値を評価された時は嬉しく、また論文を書こうという意欲が起こる。
  2. 論文作成作業は自分および所属する組織にとって大変よい刺激、勉強そして業績になる。
  3. 作業に携わる者にはモチベーション、コミュニケーションおよびチームワークが必要である。チーム内での役割分担をしっかり果し、チームの仕事として責任をもって作成に加わることが大切である。
  4. 雑誌に掲載された論文は国内外に広く知られ、評価され、活躍の機会が増える。
  5. 論文がインパクトファクターの高い(広く読まれている)雑誌に掲載され、そして高いサイテーションインデックスを有する(多くの人に参考にされる)ことは個人および組織(教室)にとって喜ばしく、誇りになる。個人や教室はそのような評価される論文発表を目差して頑張り、競い合う。

 

論文査読の意義

 論文の形式、内容、語句が投稿規定通り適切に行われているか、また捏造、二重投稿など不正行為が行われていないかを審査し、掲載の諾否を決める。米国の著名な麻酔科教授のミラー先生は「論文を査読する場合タイトルとアブストラクト(抄録)の整合性をみること、参考文献の質をみることによりその論文の内容と質がわかる。特にタイトルは論文の顔であり、重要である。」と言われた。また査読者には執筆者を教育、啓発し、よい論文作成の手助けをする役割がある。

 

著書出版の意義

 私はこれまで17の全国学会・研究会を開催し、そのうち11の学会・研究会において関連の学術著書を出版してきた。また道内において4つの研究会の代表世話人として教育、啓発活動のための著書を出版した。その著書出版活動を積極的にすることで教室員が学会および研究会開催時だけでなく普段の臨床、研究、教育活動においても論文作成、著書出版に意欲的になり、多くの業績を残すことになった。

  1.  私は北海道呼吸管理研究会の代表世話人として20年間にわたり人工呼吸セミナーを開催してきた。そこで使用されたテキストは「よくわかる人工呼吸管理テキスト」であり研究会の医師達の他に各職種のコメディカル、医療器機会社の人達も執筆者に加えた実践書である。
     医療現場で活用されていることを実感したのは私の先代教授が呼吸不全で市内の病院で人工呼吸管理を受けた時であった。そこの看護師と臨床工学技士がすばらしい手技で管理をした。彼らは2年前に人工呼吸セミナーに出席していた。セミナーも本も役立っていることを知った時は本当に嬉しく思った。
  2.  学術書でない医療者および一般市民向け著書および論文
    学術書でない書物として小説、自伝、随筆、印象記、総説、論説などあるがその場合、自分の考え、気持ちを相手に訴えるため主観的、感情を込めて書くことになる。しかしテーマがおもしろくストーリーがよくなければ読者に気持が伝わらず、よい評価を得られない。
  • 退職記念として「思いを伝える教授のメッセージ」という著書を2009年に出版した。この本には教室員に13年間にわたり毎月送ったメッセージや5年毎に出版した記念誌に掲載した挨拶文8編と最終講義の要旨とメッセージ、さらに日本医事新報の一般医師向けの随想文12編を掲載した。
  • 教授としての最終日に教室員に対する最終講義として「教授としての最後の叫び」を講演し、その内容を2009年に出版の退職記念誌に掲載した。その講義で強調したことは当講座の理念は臨床、研究、教育の活動のバランスを整えながら発展、進化することである。当講座の活動方針は臨床に強く、臨床に役立つ研究をし、周囲の人達から喜ばれ信頼される麻酔科医を育て、そして地域医療のために尽すことである。この理念と活動方針をこれからもしっかり引き継ぐことである。
  • 退職後に「ある麻酔科医の軌跡 人生出会いと思い出づくり」を2011年に出版した。本書は私の人生を振り返って、いろいろな出会いを思い出して語った自伝的なものである。
    その中には私の専門である医学、とりわけ麻酔に関する問題だけでなく、人生で出会った人々の魅力、また歴史上の尊敬すべき人物の振る舞いや言葉にまつわる話を多く網羅した。その著書を作成する過程でいろいろな人物との出会いを思い出し改めて感謝の気持が強くなった。
  • 小樽市病院事業管理者・病院局長として建物も組織機能も老朽化した2つの市立病院を統合、新築することで立て直し、小樽後志地域完結型医療を担う基幹病院になるために4年に渡り力を注いできた。その主旨を「局長の叫び」として職員だけでなく医師会員、市民にもよく理解してもらうために論文を新聞(3編)、広報誌(4編)、小樽市医師会だより(6編)に掲載し、啓発に努めた。
  • 「百見は一験に如かず」を2012年8月の北海道医療新聞夏季特集号に掲載した。
    この言葉は多くのことを見聞するより自分が一度体験することで物の本質、真実を知ることができるという意味である。私はこの1年間新病院の起債認可のことや、工事入札作業など多忙な日々が続いた。そのため私の心臓にも大きな負担が掛かり、この1月末に冠動脈バイパス手術を受けた。このことは非常に貴重な経験になった。その1つは、多くの心臓手術の麻酔に携ってきたが今回手術患者となって麻酔科の本来の仕事は患者の手術麻酔でなく、安全、快適な周術期管理をすることであると確認できた。その他、同じ体験をした者同士は共感することであった。天皇陛下は私の手術の18日後に同じ手術を受けられた。それで陛下のお気持や体調を良く拝察し得た。

 

 おわりに

 私はあと2年で古稀を迎える。最近自分の現役の引き際を考えることがある。その1つの目安として論文を書く意欲がなくなる時である。それは自分の果たす役割を冷静、客観的に評価して、自分の考えを相手に伝えることができなくなり、自分の存在価値がなくなるからである。このように論文発表に意識的に取組むことは自分にとって大切でかつ意義があると思う。

このページの先頭へもどるicPagetop

À メニュー
トップへ戻るボタン