最近関わった緩和医療の学術活動の要約

最近、緩和医療に関する4つの学術活動に関わる機会を得て、貴重な経験をした。そこで得た知識、情報を正確に伝えるために活動内容の要約を作成した。

1.第11回日本緩和医療薬学会年会

平成29年6月3日~4日 札幌

私は本学術集会で基調講演「緩和医療に携わる人のための手引き」を行った。この緩和医療に30年にわたり麻酔科スタッフ、教授、学会長、病院長、病院局長の立場で携ってきた。そこで得た知識、経験と実績からの結論として緩和医療に携わる者にとっての重要事項を10項目を挙げた。

1)緩和医療に携わる人に重要な10事項:①WHO指針など国内外の資料から基本的知識と技術を修得する。②医療現場から多くを学び、経験を積み重ねる。③患者には謙虚に、共感をもち、誠実に接し、そして孤立させないように対応する。特に死の迫っている終末期患者の精神状態をしっかり理解し対応する。④事実、原因を客観的、科学的に検討、研究する。⑤円滑、円満なチーム医療を実施する。⑥コミュニケーション能力を身に付ける。⑦組織の管理責任者から自分達の活動を適切に評価されるようアピールする。⑧学会活動、論文作成など自分達の仕事を第三者から客観的な評価を受ける。⑨職員スタッフだけでなく、患者、国民に対して教育、啓発活動を行う。⑩社会、時代のニーズを読み取りそれに迅速、適切に対応する。

2)世界保健機関(WHO)の緩和ケアの見解(2002年):「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患に起因した諸問題に直面している患者と家族のQOLを改善する方策で、痛み、その他の身体的、心理・社会的、スピリチュアル(霊的、人間の本質的)な諸問題の早期かつ確実な診断、早期治療によって苦しみを予防し、苦しみから解放することを目標とする。」とした。これにより、がん患者に限らず非がん疾患患者の苦痛からの解放には、緩和医療(治療、ケア)が早期から行われること、患者同様に家族ケアを行うことが重要になる。

3)学会発表、論文作成の意義:①若手が経験した貴重な症例や研究を検討し発表することによって本人の仕事を客観視でき、問題点を把握できる。②論文作成することによって本人の仕事の内容、質をよく理解でき、新しい知見や今後の方向性を知ることができる。③学会発表、論文作成の過程は若手・指導者とのチームワークであり、最良のコミュニケーションになる。④論文が専門家の査読をうけ雑誌に掲載されて、はじめて仕事が終了したことになり、本人の存在を多くの人達に示すことができる。⑤若手がこのような活動を繰り返すことにより実力、自信がつき、専門医の資格を円滑に取れる。また学位取得のための基礎研究、臨床研究を行える。そして実績のある者は論文、著書の執筆依頼を受ける。

4)チーム医療実施上の留意点と意義:①病棟の医師、看護師の他に各科専門医、コ・メディカル、そして家族を含めてチームを構成する。②チームメンバーにはそれぞれ果たす役割、仕事がある。③チームメンバーはお互いを尊重し、助け合うようにする。④グループとしての長所、短所を知ってまとまりのあるチームにする。⑤チームにはリーダーが必要である。⑥チーム医療を理解、実践できない医療者は医療界から淘汰される。

5)日本緩和医療薬学会に求められるもの:本学会は①これから時代の流れ、要請に的確に応えてその存在、評価の価値を高める。②大学、研究施設の研究者にトランスレーショナルリサーチ、病院薬剤師にチーム医療、市内薬局の薬剤師にかかりつけ薬剤師の役割を会員が立派に果せる体制をつくる。③学会の発展に若手会員の進化、成長が必要であり、そのための若手育成が重大な使命となる。

2.第2回がん緩和ケアに関する国際会議

(2nd Sapporo Conference Cancer for Palliative and Supportive Care in Cancer)

平成29年6月16日~17日 札幌

 私は本カンファランス開催の組織委員会のメンバーとして参加した。本会議ではPalliative Oncology(緩和腫瘍学)のがん緩和ケアにおける新しい方向性の模索と本来がん緩和ケアに本質的に重要なPsycho-Oncology(精神腫瘍学)を強調するという2点を主眼とした。2つの重要なシンポジウムが企画された。

(1)シンポジウムⅠは「がん患者の精神・心理療法における最近の進歩」であった。具体的項目は緩和ケア領域における2つの大きな精神療法としての①Meaning-Centered Psychotherapyと②Dignity Therapyをはじめ③Cancer Survivorの再発不安(fear of cancer recurrence)に対する治療法(Conquer Fear)、④高齢がん患者の精神的苦悩に対する心理療法、⑤CARE療法(Cancer and Aging:Reflections for Elders Intervention)、⑥医療者全体に関わるコミュニケーションスキルトレーニングのCST(Communication Skills Training)について取り上げた。座長のWilliam Breitbart先生は「進行がん患者の人生の意味に焦点を当てた集団精神療法」の基調講演をし、さらにワークショップにおいても参加者にその心理療法を実際に体験させ、その概要を説明した。

(2)シンポジウムⅡは「緩和腫瘍学の将来」であった。最近の論文で肺癌患者の抗がん剤治療経過中に早期に緩和ケアを組み込んだ方がうつ状態および不安は軽減することが明らかになり、さらに生命的予後も延長することが示唆された。このことが大きな話題となり、オンコロジストにも緩和ケアの知識とプライマリーケア的な実践が必要となり、緩和ケア医にはオンコロジーの知識が絶対に必要なものになった。アメリカ臨床腫瘍学会はすべての進行がん患者が診断から8週間以内に通常の腫瘍に対する治療に加えて、学際的緩和ケアチームによる緩和ケアを開始すべきと提言している。座長のMellar P.Davis先生は「緩和ケアの腫瘍学への統合・患者中心の医療におけるベネフィット、期待およびギャップ」の基調講演を行った。近年までPalliative Oncologyは患者とオンコロジストの間に存在するがんを克服するという共通の希望についてしばしば導かれてきた。しかしこの希望は治療に期待できる生存率の向上の過大評価、治療の目的、予後、費用に関する議論の欠如、終末期においての積極的な治療に関する議論の欠如をもたらしてきたといえる、と提言した。本カンファランスは国内外から20名を超える著名な研究者、臨床医が参加しての質の高い、すばらしい会議であり、2020年に第3回の国際会議が行なわれる。

3.第22回日本緩和医療学会学術学会

平成29年6月23日~24日 横浜

 私は当学会の名誉会員として参加した。プログラムは立派に企画されており、また会場内の会員達は若々しく、生き生きとしており、発表、討論のレベルも向上していて頼もしく思った。最も印象に残ったシンポジウムは「わが国におけるエンド・オブ・ライフ・ケアの現状と課題~最後まで患者のレジリエンスを支えるために~」であった。わが国は超高齢社会を迎え、多くの高齢者が人生の最終段階(エンド・オブ・ライフ)と向き合う時代になっている。すでに北米、ヨーロッパでは緩和ケアの進化した形態として高齢者のエンド・オブ・ライフケアが提供され始めている。本シンポジウムではわが国における非がん疾患も含めた高齢者のエンド・オブ・ライフケアの現状と課題を共有し、これからの方向性について討論する。そして高齢者の特性をふまえたケアを実践していくための方法や医療専門職、介護専門職への教育を中心にエンド・オブ・ライフケアのあり方を考えることを目標とした。

(1)シンポジスト木澤義之先生の発表:わが国の緩和ケアはがんを中心に発展してきた。2015年に発表されたEconomist誌によるQuality of Death(QOD)ランキングにおいて、日本は世界14位にランキングされた。世界的に見て話題は4つある。①専門的緩和ケアの質の向上。特に医師の能力の保障が必要である。②エンド・オブ・ライフケアの向上、緩和ケアの専門性はQODの向上にある。③がん以外の疾患に対する緩和ケアの充実。がんに対する施設緩和ケアだけを取れば日本はトップ5に入る実力を持っている。④地域緩和ケア、特に継続性を持ったケアの実施をプライマリヘルスケアとの連携。これは日本の医療のアキレス腱である。

(2)シンポジスト蘆野吉和先生の発表:人生の最終段階を穏やかな環境で迎えるためには、受け皿となる場づくりと「本人の選択と本人・家族の覚悟」が必要である。前者は地域緩和ケアチームの育成、在宅ホスピスボランティアの育成、グリーフケアやスピリチュアルケアの展開である。後者プライマリケアの職場におけるアドバンスケアプランニングの普及である。

4.平成29年度第45回小樽市民大学講座

平成29年7月5日 小樽

私は「がん患者の緩和医療に携わる」のテーマで講演を行った。

1)がん患者の実情:現在国民の2人に1人ががんに罹患し、亡くなる者の3人に1人ががんに起因する状況である。一方がんは治療法が進み、不治の病、命がけで退治する病気から治る病気、長くつきあう病気になり、また緩和ケアの進歩により死に至るまで、安心、満足、充実した生活、人生を送れることができる。そのためにはがんの早期発見、早期治療、適切な緩和ケアが必要である。がんになっても一人で悩まず、恐れず、焦らず、家族など親しい人達そして医師はじめ医療従事者との間に信頼関係を築くことが大切である。

2)小樽市のがん患者の動向:①小樽市民の主要死因別死亡数(H27,1,904人)はがん(620)、心疾患(375)、脳血管疾患(152)、肺炎(149)の順に多かった。②がんによる死亡数(人口10万対、H27)は小樽は男性(510.6)、女性(422.8)とも北海道の男性(438.8)、女性(284.0)、全国の男性(326.9)、女性(236.5)と比較しても多かった。③がんの疾患としては肺がんが最も多く、次いで胃がん、大腸がんであった。④喫煙率(%)は小樽の男性(27.2)は北海道(39.2)、全国(33.7)に比較して低いが、30歳代(55.6)、50歳代(43.8)が著しく高かった。女性(18.3)は北海道(17.8)、全国(10.7)に比較し高かった。喫煙率と肺がん罹患率・死亡率は比例する。

⑤平成27年度がん検診受診率(40~69歳、%)は胃がん(6.8)、肺がん(8.1)、大腸がん(17.7)、子宮頸がん(36.1)、乳がん(36.5)の順に低かった。がん検診率の低い疾患は死亡数が多い。

3)新病院での緩和医療の取り組み:①がん診療連携拠点病院の認定をめざして活動②緩和ケアチーム活動③緩和ケア外来実施④がん患者リハビリテーション実施⑤がん相談支援センター設置⑥セカンドオピニオン実施⑦検診業務:特定健診、がん検診、プチ健診の実施⑧市民の啓発のために市民公開講座を開催。⑨国、道の推進するがん患者サロン(ポプラの会)の開設。⑩緩和医療に関する看護学生、若手看護師、医師の教育と認定資格者の育成⑪地域医療施設との連携、支援、役割分担の実施⑫がん診療センター設置である。                                                                                                                                      

4)がん患者の緩和医療に携わる者の総括:①病気、症状などは患者のものであり、医療者のものではないことを認識する。②その改善、憎悪は患者の自覚、責任感が大きく、影響する。③患者は病人としてより人間として尊重されることを望んでいる。そのことを理解して対応する。④患者が適正に治療、ケアの受けられるように指導、支援する。患者を見離すような言動をとらない。⑤治療、ケアの効果は患者、医療者間の人間関係が大きく影響する。⑥良き人間関係にはお互に信頼、共感、責任をもつ。⑦医学、医療の進歩の情報の公開、共有、活用により患者に適応する治療、ケアを行う。⑧円滑、円満な終末期を迎えるには早期発見、早期治療で病気、症状をコントロールすること、患者が納得、安心する環境で過ごすことである。

 緩和医療は今後益々その必要性を増して行く。それに伴い緩和医療の知識、技術そして体制も著しく進歩して行く。そこで患者、国民の要望、期待を常に認識して的確に対応して行くことが大切である。

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